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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)213号 判決 1996年2月07日

静岡市水落町2番23号

原告

有限会社忍総業

代表者代表取締役

鈴木常司

訴訟代理人弁護士

小野昌延

同 弁理士

岡村憲佑

同 弁護士

石川順道

アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 ケンブリッジ テクノロジー スクウェアー 549番

被告

ポラロイドコーポレーション

代表者

フィリップ ジー キーリー

訴訟代理人弁理士

小池恒明

新田藤七郎

望月良次

岩井秀生

浅村皓

主文

特許庁が、平成2年審判第19689号事件について、平成6年7月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、「POLA」の欧文字を横書きした構成よりなり、第10類「光学機械器具、映画機械器具、医療機械器具」を指定商品とする登録第1817892号商標(昭和45年2月17日登録出願、昭和60年10月31日設定登録、現に有効に存続するもの)の商標権者である。

被告は、平成2年10月31日、原告を被請求人として、本件商標は、商標法4条1項8号、11号、15号に違反して登録されたものであるとして、その登録を無効とする旨の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成2年審判第19689号事件として審理し、平成6年7月20日、「登録第1817892号商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年8月24日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

審決は、請求人(被告)は、世界的に著名な光学機器の製造業者であって、主として自社で開発・発明した写真関係の製品を世界的に販売している会社であり、わが国においては、昭和35年5月25日に「日本ポラロイド株式会社」(以下「日本ポラロイド」という。)を設立して以来、日本ポラロイドを通じて「カメラ、写真材料、偏光材料、レンズ、光学機械」を幅広く販売し、商標「POLAROID」、「Polaroid」、「ポラロイド」、「ぽらろいど」の各商標の下で商品「現像処理機構内臓カメラ」及び「(その専用)フィルム」等について盛大な商業活動を行った結果、一般に広く知られるに至っていること、本件商標の登録出願前の刊行物には、請求人(被告)又は日本ポラロイドを呼称するものとして「ポラ」の文字が頻繁に使用され、また、請求人(被告)又は日本ポラロイドの製造販売に係る商品を表すものとして、単に「ポラ」の文字が商標「POLAROID」等の略称的に慣用されている事実が認められ、これらの事実によれば、本件商標の指定商品中、少なくとも「光学機械器具」を取扱う取引者・需要者間において、本件商標の出願日前、既に、「ポラ」が請求人(被告)又は日本ポラロイドの略称若しくは商品を表すものであると理解され、認識されていたこと、他方、本件商標は、「POLA」の欧文字よりなるものであって、同文字に相応する「ポーラ」若しくは「ポラ」の称呼が生じ、上記「ポラ」とは共通の称呼を有し、互いに相紛れるおそれがあるから、本件商標は、その出願の時、指定商品「光学機械器具」について、請求人(被告)の業務に係る商品と混同するおそれが生じており、商標法4条1項15号に違反して登録されたものということができ、同法46条1項の規定により登録を無効とすべきである、とした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決は、「ポラ」が被告若しくは日本ポラロイドの略称又はその商品を表すものであるとして一般に認識されていたとして、事実を誤認し(取消事由1)、また、本件商標「POLA」から「ポラ」の称呼をも生ずるして、「混同を生ずるおそれ」の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるかう、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(「ポラ」の略称に関する事実誤認)

(1)  審決が認定の資料とした証拠によっても、「ポラ」という語句の使用は、いずれも大多数が業界紙の見出しに使用されているにすぎず、その大多数の記事の本文中には、「ポラロイド商会」、「ポラロイド」、「日本ポラロイド」、「ポラロイド社」、「米ポラロイドコーポレーション」との社名が記載されている。

新聞等にあっては、限られたスペースの中で読者の注意を引くように見出しを記載することが一般的であることは周知の事実で、この場合には、使用される活字の大きさ、見出し文の長さ、与えられたスペース等の条件によって、通常の取引における場合以上に商号を簡略化して記載されるものであり、関係者名、記事の内容等は、記事本文を読むことによってはじめて正確に理解されるものである。事実、審決が認定の資料とした証拠にあっても、読者に対する配慮から、続いて読まれる記事の本文には正式な商号を記載する等により他者との混同を防止している。

このように、新聞の見出しの記載をもって被告又は日本ポラロイドの名称を判断することは、見出しの意義を看過し、取引社会、一般社会の実体を無視するものといわざるをえない。

したがって、新聞紙面等の見出し部分のみをもって、通常の取引における商標「POLAROID」等の略称的な使用を認定することはできない。

(2)  また、被告は、その宣伝活動、取引活動において、積極的に「POLAROID」、「ポラロイド」等の商標を使用しているが、「ポラ」なる商標は使用しておらず、「ポラ」なる標章を「POLAROID」等の商標の略称として使用する意識がないうえ、「POLAROID」等の商標が被告の商標として著名であり、被告の法人名の略称として「ポラロイド」が著名であればあるほど、その結果として需要者取引者を含む社会一般の意識としても、被告の商品と「POLAROID」「ポラロイド」等の商標との結びつきは強く、また、被告の称呼としての「ポラロイド」との結びつきは強固なものとなっている。

さらに、「POLAROID」が合成した造語であるとしても、これをあえて分断して、分断した「ポラ」を略称として使用すべき相当の理由がない。また、取引の実情から、「POLAROID」等の商標が冗長で、略称「ポラ」の方が「ポラロイド」等の商標より語呂良くリズミカルに発音される等の発音の容易性から略称が使用される場合もあるとしても、わが国においては、「ポラロイド」なる言葉は冗長でもなくリズミカルに発音されるもので、違和感なく日本語に溶け込んでいるといえる。

したがって、このような状況下にあっては、「ポラ」との標章が「POLAROID」等の商標の略称、被告又は日本ポラロイドの名称として使用される余地は皆無に等しいのである。

2  取消事由2(本件商標から生ずる称呼についての判断の誤り)

本件商標「POLA」からは、「ポーラ」の称呼のみが生じ、「ポラ」なる称呼は生じないから、審決の認定・判断は誤りである。

原告及びその関連企業は、昭和4年創業以来、高級化粧品の製造販売を全国的な規模で行ってきたが、その独特のセールスシステム、積極的宣伝、販売活動の結果、高級化粧品メーカーとして、「POLA」(ポーラ)は全国的にその名を知られている。

また、原告の、その販売、宣伝活動の結果、二段書きの上段に「POLA」の欧文字を横書きし、下段に「ポーラ」との片仮名部分からなる商標及び本件商標と同一の構成の商標「POLA」等は、著名な商標と認められるに至り、特に原告のテレビ、雑誌を通しての宣伝活動においては、「POLA」なる標章を使用すると共に「ポーラ」なる称呼を用いており、「POLA」と「ポーラ」との結びつきは確固たるものがある。

因みに、「ポーラ」なる標章及び「POLA」なる標章はいずれも防護標章として、本件に係る指定商品及び商品区分第10類は勿論、ほぼ全類にわたり登録されており、その著名性ゆえに、「POLA」なる標章から「ポーラ」なる称呼が生ずるのが自然であり、これを「ポラ」と称呼する余地はない。

したがって、本件商標からは「ポーラ」の称呼のみが生ずるのであって、「ポラ」なる称呼は生じない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

被告の社名である「ポラロイド コーポレーション」及び登録商標「POLAROID」、「ポラロイド」、「ぽらろいど」等は、写真業界のみならず、一般消費者間においても著名であるが、以下に述べるとおり、被告若しくは日本ポラロイド又はその商品が「ポラ」と略称され、その愛称ないし通称として、日本において定着している。

(1)  被告の社名「ポラロイド コーポレーション」は「人造偏光板」の発明をルーツとし、「ポラライザー(偏光板)」と「セルロイド」の合成語として成るものである(乙第40号証)。

そして、「POLAROID」は、第1として「人造偏光板の商品名」、第2として「カメラ内で撮影直後に印画できるもの」としてあまりにも有名であり、これら商品の代名詞ともなっている(乙第41号証)。

このように、語源的構造において、「polar・iz・er」の「polar」と「Ce1・lu・loid」の「oid」とは本来分離できる構造となっている。しかも、その意味内容からみても、後者の「-oid」は化学物質等に普通に付加される「・・・状の(物)」「・・・質の(物)」との意味があるにすぎないので、「ポラライザー」の発明における強い印象と共に、「POLAR」、「ポラ」が一般人の印象に残る主要部となっている。

そして、わが国においては、欧文字を母国語としない日本社会における特殊な言語感覚により、欧米の外来語一般を正確に発音する習慣がなく、これら外来語をいわゆる「長ったらしい」としてすぐに簡略化してしまうという独特の言語文化があり、このような言語文化を背景として、上記語源的構造をもつ「ポラロイド」についても、「ポラ」なる略称、愛称が定着したのである。

(2)  被告の有する登録商標のうち、「POLA」を接頭語としている例は、「POLACOLOR」、「POLACHROME」を始めとして合計8つ存在している(乙第42~49号証)。ことに、原告の商標出願日である昭和45年2月17日以前における上記「POLACOLOR」、「POLACHROME」は著名商標となっており、さらに「POLACOLOR」は片仮名で「ポラカラー」として写真用語辞典に掲載されているほどであり(乙第50号証)、その構成中に「POLAROID」、「ポラロイド」の文字を有する登録商標は、多数存在する(乙第51~66号証)。

このように、被告の幾多の登録商標において、ほとんどが常に「POLA」を接頭語として採択してきた結果、わが国においては、上記の言語文化を背景として、「ポラ」なる略称、愛称が定着したのである。

(3)  以上の語源的理由及び幾多の登録例に基づき、写真業界のみならず、一般消費者においても「ポラ」なる略称、愛称が定着している。

例えば、「週間写真速報」、「カメラ キャンバス」、「日本写真興業通信」を始めとする多数の写真業界紙のほか、雑誌、新聞紙等においても、「ポラ」が「ポラロイド」社等の略称として使用されている。

(4)  被告の「ポラロイド」と本件商標「POLA」より生ずる「ポラ」なる称呼とは、その構成上語頭部分の2文字をすべて共通にしており、その語尾部分である「ロイド」を除いた「ポラ」はその語根部分として需要者・取引者に強く印象づけられ、両者は強い類似性を有する。

このことは、新聞編集者等が被告の商号、商標の語根部分を「ポラ」として彼ら自身が認識し、それを見出しとして掲げたという事実からも明らかであり、その略称が継続して見出し部分に使用されるときは、読者もその略称の意味を本文内容を読むことなく十分に理解するようになる。したがって、原告の「記事本文を読むことによってはじめて正確に理解される」というのは当たらない。

また、原告の「著名であればあるほど『ポラロイド』との結びつきは強固なものとなる」との主張も、一般の取引通念に反するものであって、著名であればあるほど誤認混同の生ずる範囲は広くなるのが常識である。

さらに、被告の商号、商標は当該商品分類において周知かつ著名であることから、単に「ポラロイド」と称呼するだけでは、カメラ機材であるのか、フィルムであるのか商品の区別がつかない。そこで、被告の商品は、「ポラロイド、カラーフィルム」、「ポラロイド、インスタント、カメラ」として取引されることになるが、このような取引の実際上の称呼は甚だしく冗長となる。このような事情も相まって、単に「ポラ・カラー」、「ポラ・カメラ」等の略称が取引界において用いられるのである。

2  取消事由2について

本件商標「POLA」から「ポーラ」の称呼のみが生ずるとの原告の主張は何ら根拠のない主張であるが、仮にそうであるとしても、「ポーラ」と「ポラ」では商品の誤認混同を生ずるおそれがある。

第5  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(「ポラ」の略称に関する事実誤認)について

(1)  審決は、前記のとおり、被告又は日本ポラロイドを呼称するものとして「ポラ」の文字が頻繁に使用され、また、「ポラ」の文字が被告又は日本ポラロイドの製造販売に係る商品を表すものとして、商標「POLAROID」等の略称的に慣用されていると認定し、その認定資料として、カメラ界社刊「カメラ界」1961年8月下旬号~1970年9月下旬号(乙第5~20号証、審判事件甲第192~第207号証)、日本写真興業通信社刊「日本写真興業通信」昭和36年9月20日号~昭和45年4月10日号(乙第21~第39号証、審判事件甲第208~第226号証)を挙げている。

これらの証拠によれば、上記特定の業界紙においては、被告若しくは日本ポラロイド又はその商品を指す名称として、「ポラ」という略称を相当数使用していることが認められるが、その使用は、いずれも大多数が紙面のスペースに制約のある見出しとして使用されていて、その大多数の記事の本文中には、「ポラロイド」、「ポラロイド社」、「米ポラロイドコーポレーション」、「日本ポラロイド」との会社名若しくは「ポラロイドカメラ」などの商品名で、被告若しくは日本ポラロイド又はその商品を呼称し、見出しの「ポラ」が、これらを示すことが理解されるように記載されていることが認められる。

また、上記証拠中には、「ポラ商会」との略称が使用されている記事が見受けられる(乙第5、第6、第8、第9、第21、第24、第25号証)が、同記事によると、これらは、当時の業界で周知であった被告又は日本ポラロイドの商品を取り扱う特約店制度についての紛争に関する一連の記事であって、これらの場合も、記事の本文中に、「ポラロイド商会」あるいは「ポラロイド」と記載して、「ポラ商会」が「ポラロイド商会」の略称であることが分かるようにされていることが認められる。

さらに、上記証拠中には、「ポラカラー」(乙第26、第28号証)、「ポラフィルム」(乙第27号証)の文字がそれぞれ使用されていることが認められるが、被告は、カラーフィルムの分野にも進出し、昭和38年3月26日に設定登録を受けた「POLACOLOR」との商標(乙第42号証)を有しているから、「ポラカラー」、「ポラフィルム」の文字が業界紙に使用されたからといって、「ポラ」が「ポラロイド」の略称として、定着していたと認定することはできない。

上記証拠からすると、「ポラ」の使用例は、特定の業界紙のみのものであり、本件全証拠によっても、本件商標の出願前、一般のカメラ誌や新聞などに「ポラ」が被告若しくは日本ポラロイドの略称又はその商品を示すものとして使用されていた例は見出すことができないから、上記の「ポラ」の使用例から、直ちに、「ポラ」が被告若しくは日本ポラロイドの略称又はその商品を示すものとして慣用され、一般取引者・需要者にそのように理解され、認識されていると判断することは早計にすぎるといわなければならない。

なお、本件商標の出願後である昭和49年6月10日号の「日本写真興業通信」(乙第88号証)には「ポラロイドSX-70」の発売についての記事に「ポラ旋風」「業界はポラ、ポラで旬日を過ごした」との記載があり、その後、昭和56年以降には、業界紙や一般雑誌、漫画誌などにも、「ポラ」という言葉が被告若しくは日本ポラロイド又はその商品を示す用語として使用されていることが認められる(乙第67~121号証)が、これらはいずれも、本件商標出願後に発行されたものであって、これをもって、本件商標出願当時に既に「ポラ」が被告若しくは日本ポラロイド又はその商品を示す略称として認識され、定着していた事実を認めることはできない。

証人中島隆の証言中には、一部に被告の主張に沿う供述部分があるが、同証言によっても、昭和35~44年当時、「ポラロイド」を略して「ポラ」と称呼ないし表示することが、写真業界においても、また一般の取引者・需要者の間においても、定着した認識となっていたものと認めるには足りず、かえって、被告商品が日本において販売された当初から、また、本件商標出願当時において、一般に「ポラロイド」は、「インスタントカメラ」(現像処理機構内蔵カメラ)の代名詞として、すなわち「ポラロイドカメラ」の略称として、取引者・需要者に認識されていたものと認めることができる。

(2)  被告は、日本社会における言語文化を背景として、語源的理由及び被告会社の多数の登録例を挙げて、本件商標登録出願当時、「ポラ」なる略称が定着していた旨主張する。

しかし、「ポラ」が被告又は日本ポラロイド等の略称として使用されるか否かは、取引者・需要者にとって略称の使用の方が正式名を使用するより便宜である、親しみやすい、あるいは略称の方に識別能力が高いなどの背景があってはじめて略称たりうるのであって、被告主張の語源的理由はそれだけでは略称を使用すべき合理的理由とすることはできない。

また、「POLAROID」が「Polarizer」と「Celluloid」とを合わせた合成語であるとしても、これをことさら分離して「ポラ」と略称すべき合理的理由も見当たらない。

さらに、被告が主張する「POLA」を接頭語とした登録商標のうち、本件商標登録出願前に登録されたものは、「POLACOLOR」及び「POLACHROME」のみであることが認められる(乙第42、第43号証)が、これらの登録商標があるからといって、本件商標登録出願当時、「ポラ」なる略称が定着していたものと認めることはできない。

したがって、被告の主張は理由がない。

(3)  以上のとおりであるから、本件商標の出願当時、被告若しくは日本ポラロイド又はその商品を表すものとして、「ポラ」との語が、取引者・需要者間に定着していたことを前提として、本件商標が商標法4条1項15号に違反して登録されたものとした審決の判断は誤りであり、本件商標から生ずる称呼についての判断をするまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

2  よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

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